ロータリークラブとはどの様な団体?
ひと言でいえば奉仕クラブ組織ですが、自分の職業を通じて世界の人々へ奉仕することに主眼がおかれています。 ロータリーとは「人道的な奉仕を行い、あらゆる職業において高度の道徳的水準を守ることを奨励し、かつ世界における親善と平和の確立に寄与することを目指した実業人および専門職業人が世界的に結び合った団体である」と定義され、またロータリークラブとは「奉仕の理想を各人の個人生活、職業生活および社会生活実践の基盤とすることに同意した、実業人や専門職業人によって構成されたクラブ」と定義されています。 何か難しそうですが、実際は会員同士の親睦を深め、自己啓発を進めながら、自分の職業を生かして世界や地域に奉仕していくことを目指しています。

ロータリーの発祥と現在の規模
ポール・ハリス
シカゴという大都会の中で孤独と疎外感に悩むポール・ハリス(1868年-1947年)という青年弁護士が、1905年2月23日、3人の仲間とともに「実業人が友愛の気持ちをもって親しみ合い、仕事のうえでの知り合いの輪を広げていくために定期的に集まる会をつくる」というアイディアからロータリーが生まれました。 現在では全世界の168の国と32,681のロータリークラブがあり、1,204,694人(2006年12月公式発表)のロータリアンがおられます。 日本では各都道府県に2,334のクラブがあり、99,776人のロータリアンが活動しています。
日本のロータリー
日本のロータリー
米山梅吉翁 米山梅吉翁 福島喜三次 福島喜三次
わが国最初のロータリークラブは1920年(大正9年)10月20日に創立された東京ロータリークラブで、翌1921年4月1日に世界で855番目のクラブとして、国際ロータリーに加盟が承認されました。 日本でのロータリークラブ設立については、ポール・ハリスの片腕としてロータリーの組織をつくり海外拡大に情熱的に取り組んだ初代事務総長チェスリー・ペリーと、創立の準備に奔走した米山梅吉、福島喜三次などの先達の功を忘れることはできません。 その後、日本のロータリーは第2次世界大戦の波に洗われて、1940年に国際ロータリーから脱退します。戦後1949年3月になって、再び復帰加盟しますが、この時、復帰に尽力してくれたのが国際ロータリーの第3代事務総長ジョージ・ミーンズでした。 その後の日本におけるロータリーの拡大発展は目覚しいものがあります。ロータリー財団への貢献も抜群で、今や国際ロータリーにおける日本の地位は不動のものになりました

どのような活動しているのか
次の4つの奉仕活動が中心となって活動されています。
1. クラブ奉仕
会員相互の親睦を深め、和気あいあいとした協力体制を作ります。また、クラブ全体の運営・調和を図る役割もあります。
2. 職業奉仕
すべてのロータリアンが各自職場での代表でありロータリーの理想の模範を示し、その理想を分かち合うように勧めることを目的とします。これを端的に表したのが有名な四つのテストです。
【言行はこれに照らしてから】
1. 真実かどうか
2. みんなに公平か
3. 好意と友情を深めるか
4. みんなのためになるかどうか
四つのテスト
1932年、ロータリアンのハーバート J. テイラーが「四つのテスト」を作り、その11年後、ロータリーはこれを倫理規範として採用しました。以下の問いに示されたこのテストは100カ国語以上に翻訳されています。
3. 社会奉仕
地域社会の中でその社会が欲しているものを探しだし、そのニーズに対して適切な奉仕活動を行います。
4. 国際奉仕
ロータリーが世界平和と各国間の理解のために強力な力となっている分野です。青少年留学生の派遣や受入れ、世界各地の災害などへの援助など世界的な社会奉仕活動を行っており、世界中からポリオをなくすためのワクチンや医師を提供するポリオプラスは日本が提唱し世界的に推進されているプログラムです。
5. 青少年奉仕
1923年、セントルイス国際大会で「善良で健全な市民を育てる」青少年奉仕活動が討議。
青少年交換、奨学生、インターアクト、ローターアクト、ロータリー青少年指導者養成プログラム、職業相談指導 、ロータリー地域共同隊、ロータリー地域社会共同隊、身体障害者の援助、各種野外活動などを通じて才能と熱意を 呼び起こし、奉仕と責任感を育てることを目的とする。

ロータリークラブは通常毎週1回例会を開催します。
その例会では、クラブとしての活動報告や連絡事項の伝達などがありますが、その後半に「卓話」という会員や有識者による30分間の講演があります。この卓話はロータリークラブの最大の特徴ですが、貴重な自己研鑽の材料となります。 この他にも親睦を深めるための家族会や同好会活動があります。